いつだって自分史上最高!

アラフォー 独身 女 。幸せを求めて日々奮闘中デス

パーソナルスペース

【ジンチ】

 

パーソナルスペース(英:personal-space):

     他人に近付かれると不快に感じる空間のことで、パーソナルエリアとも呼ばれる。(中略)

     一般に、親密な相手ほどパーソナルスペースは狭く(ある程度近付いても不快さを感じない)、

     逆に敵視している相手に対しては広い。by Wikipeda

 

 

多分私のパーソナルスペースは、極端に広くて、極端に狭い。

誰もが皆、子どもの頃はそうなのだろうと思う。

そして、社会生活の中で、少しずつ加減できるようになるのだ。

 

バリケードや、三角コーンや、ロープや、、

色々上手に使い分けて、自分の陣地を作って行くのだ。

 

どういうわけか、私は、うまくそれが出来ないままだった。

 

 

【気づき】

 

中学高校の6年間。親元を離れ寮生活をしたことがある。。

大部分が見ず知らずの相手と、ある日を境に何から何まで生活を共有するのことになった。

それこそ、家族以上に。

 

何がキッカケだったのか、全く思い出せないのだけれど、

ある日、その中の1人から言われた。

『ちょっと仲良くしたからって、いつも一緒にいるわけじゃ無いんだからね』

多分そんな言葉だったと思う。

 

当時の私は、ドキドキしながらも、自分なりに頑張って新しい友に歩み寄ったに違いない。

突然突きつけられた、鋭い言葉に、

驚きと恥ずかしさが入り混じり、激しく動揺した事だけは強烈に覚えている。

 

思春期の女の子達だ。

その中に、確たるコミュニティーは出来上がっていく。

 

彼女に悪気は無かった。

(ずっと後になって、お酒の場でその話をしてみたが、彼女は全く覚えていなかったから、、)

多分、彼女のパーソナルエリアに踏み込んだ私に、

彼女なりに、未熟な防御線を張ろうとしたのだろう。

 

でも私は、その瞬間、『見えないジンチ』を初めて感じたのだった。

 

 

【私のジンチ】

 

他の友人から、同じような事を言われた事はない。

例の彼女も、翌日にはケロッとして、一緒に食事をしていたように思う。

 

でも私はなかなかあの瞬間から抜け出せ無かった。

 

恐る恐る近づいては見る。

ちょっとでも違和感を感じると、

遠く離れたところに、弱々しいバリケードを何重にも何重にも置いた。

それ以上組み替えることもなく、ずっとそのままで。

 

入り込んでくる相手に、あまり歯向かうことはしない。

でも自分から踏み出すこともしない。

でもたまに、本当にたまに、踏み出してみると、

とてもに穏やかに受け入れられたと感じる事がある。

それまでに、それこそ何ヶ月mの月日がたっていたりする。

 

 

【ジンチの中】

 

 一旦受け入れた相手は、かけがえのない存在に感じた。

時に、自分の事と同じくらいに相手の状況を思い、悩んで、動けなくなった。

 

でも不意に、幼い頃の記憶がよみがえる。

あの恐怖にも似た思いが。

 

そして、そっと薄いカーテンを、相手との間に置くのだ。

 

入り過ぎてはいけないし、

これ以上入れてはいけない。

そうしないと、大事な存在を失ってしまう。

 

そうやって、極端に狭くなりそうなジンチをそっと広げるのだ。

 

皆そうやって自分のジンチを守っているのか、

もしかすると、私だけなのかもしれない。

そんなジンチを感じさせない相手と、家族になれるといいのかもしれない、、

なんて思う。